鎮守の森 明治神宮
今でこそ減りましたが、大きな神社のあるところには鎮守の森と呼ばれる森、もしくは山があります。鳥居から社殿を取り囲むように佇み、そこから先は異世界というような神秘性を漂わせています。鎮守の森の多くは原生林として豊かな生態系を保ち、しばしば学術調査の対象となるほどです。そんな鎮守の森で、人工林からスタートし、見事なまでの天然林へと変貌しているのが明治神宮。100年前には何もなかった東京代々木の荒地は、3000種以上の動植物の棲む、都会のオアシスとして今なお天然更新中です。
神の棲む森・結界としての森
森は杜とも書き、神社の本殿や参道、拝所などを囲むように佇んでいます。神道では神奈備(かんなび・かむなび)、神代・上代(かみしろ)ともいわれ、神の住む神域、常世(とこよ)と現世(うつしよ)との境、結界などの意味を持ちます。結界とは、特殊なエネルギーを持った神秘空間。聖なる領域と俗なる領域を分け、秩序を保つために設けられた空間のことです。
社殿を囲む天然更新のうっそうとした森は神秘性に満ち、そのままで畏敬の念を抱かせます。山そのものや巨樹巨岩など、森羅万象に神宿るとされる神道において、鎮守の森も信仰の対象なのです。古くから手つかずの森は、その土地の原始的な植生を残し、生物学者らの研究対象になりました。
けれども、社殿を建てるために伐採され森の面積が減り始めます。森への信仰心が薄らぐと共に豊かだった植生も失われます。さらに明治の神社合祀により神社そのものが減少。高度成長期の土地開発がダメ押しとなり、鳥居と社殿だけの神社が目立つようになりました
明治の神社合祀により激減
1906年より明治政府が推し進めた神社合祀政策。表向きの目的は、住民の支出を抑え、神への崇敬を増し、広範囲の住民が融合し団結できるとされていましたが、一説には、鎮守の森の豊富な木材資源やクスノキから採れる樟脳などの利権獲得が目的ともいわれています。
直接的な法律がなかったにも拘らず明治政府の圧力により粛々と進められました。神社や住民が猛反発したのは言うまでもありません。知の巨人と呼ばれ自然保護運動の先駆けでもある南方熊楠は
「古来老樹大木ありて社殿なき古社多かりし。これ上古の正式なり」
と鎮守の森が軽視され壊されることを嘆きました。
「神社合祀に関する意見」を提出します。その後、柳田国男らの協力もあり1920年「神社合祀無益の決議」が決定されたとき、明治初期に20万社あった神社がすでに11~12万社にまで減っていました。
明治神宮の鎮守の森
すっかり少なくなった鎮守の森ですが、残され分断された天然林に安易な人の手が入ることで風倒木が増え、代わりにスギやヒノキなどが植林された森も少なくありません。そんな中、人工林から天然更新を繰り返し、原始林のような様相へと遷移した森があります。明治神宮の鎮守の森です。
日本一参詣客の多い神社としてお正月には必ずテレビに登場する明治神宮。明治天皇と昭建皇太后を祭神とし1920年に創建された神社です。およそ70万㎡の広大な境内には、大都会とは思えない、人工林だったとは思えない鬱蒼と神秘的な森が広がります。
永遠の森を人の手でつくる
「永遠の森を」と、広葉樹中心の森づくりを計画し、推し進めたのは本多静六・本郷高徳・上原敬冶二を中心とする林学者たち。伊勢神宮や日光東照宮のような威厳のある杉林を望んでいた総理大臣大隈重信を説き伏せます。権力に屈しない気骨ある学者たち、そして納得すれば正論を受け入れ、決してゴリ押ししない懐の深い政治家がいた時代です。
林学者らが目指した「永遠の森」とは太古の原生林。鬱蒼と暗い森の中でも育ち、落葉落枝が堆肥となり、次世代への更新を促す森です。微生物や菌類、虫・鳥や獣まで多種多様な生き物が集まり、食物連鎖の生命が巡ります。常緑広葉樹のシイやカシ、クスノキを中心に
365種の樹種、およそ10万本が植樹されました。初期段階ではマツやスギで鎮守の森としての威厳を保ち、やがて広葉樹が優勢となり天然更新による極相林化することを見据えての森づくりです。
2014年に行われた境内調査によると、3000種以上の動植物が確認され、絶滅危惧種に指定されているミナミメダカやカントウタンポポも確認されています。新種の発見も多数ありました。
空襲火災の避難場所に
第二次世界大戦末期、1945年4月14日の空襲により明治神宮の社殿が焼失します。周辺地域が火の海と化した中、鎮守の森の大部分は焼け残り、焼け出された人々の避難所となったそうです。燃えやすい針葉樹の森でなかったこと、森の持つ湿度が火力を弱めたことなどが難を逃れた理由といわれています。
ダイバーシティとクラウン・シャイネス
樹種の豊富な森が、病害虫や災害に強いことは知られています。混在することで、ある樹種が虫や病気に倒れても虫に強い他の樹種が補い、被害をくい止められるからです。風雨にしなやかになびく木もあれば、横に根を張る木や地中深くに根を延ばす木もあり、それぞれに風に耐え、土を掴み、寄りそい補い合います。これはひとつのダイバーシティです。
ジグソーパズルのように空を切り取る樹冠は、それぞれの枝葉が決して重なり合わない「クラウン・シャイネス」の現象。補い合い、お互いを尊重し合い生き継ぐ森に学ぶことはたくさんあります。
森の恵みを感じられる日常のために
森林浴という言葉がありますが、森を歩くとホッとしてリフレッシュできます。さまざまな発見があり驚きが尽きません。人も自然のひとつと謙虚になれる時間です。森への敬虔な気持ちを忘れないよう、木製品を日常の中に取り入れるのは如何でしょう? 温かみのある木の椅子、いっそう香り立つ木製コーヒーカップや木のスプーンなどなど、著名作家による木製品の販売を手掛けているのがHAND in HAND。収益の一部を森林保全活動に寄付しています。