ドイツ林業のモデル
ドイツには「森林は国土のもっともよい装飾である」という言葉があります。「ゲルマン民族は森の民」と呼ばれていることと同様に、綿々と受け継がれてきた森への思いを表す言葉です。「近自然林業」「合自然林業」として、人工とも天然とも区別しない自然な森を、林業に従事する人もいれば、散歩や乗馬にいそしむ人もいます。これこそが自然、ドイツです。
ドイツ林業の特性
今でこそ世界の林業のお手本のように言われるドイツですが、18世紀の産業革命の時代には乱伐が相次ぎ多くの森林が失われました。森林の消失に危機感を抱くと、木の成長とバランスを取りながら収穫し、植林を絶やさない林業を始めます。世界に先駆けて林学という学問が登場したのはこの頃です。そして木の成長のように緩やかに、誰もが日常的に森に親しみ、森を大切に感じられるような施業方法へと移行します。それが「近自然林業」「合自然林業」と呼ばれるドイツ林業です。
人工林と天然林を区別せず、できるだけ自然に近い状態で森林を維持管理していきます。一定面積以上の皆伐は法律で禁止され、必要に応じて必要量だけを択伐。伐った跡地には植林することもありますが、基本的には天然更新に任せます。こうして森はいっそう自然な状態に近づいていくのです。
ドイツ林業~作業効率と生産性の高さ
基本的に大経木を伐採しながら天然更新を促すのがドイツ林業です。円形や線状、あるいは帯状に択伐し、徐々に広げて森の中に光を入れ天然更新を促します。この伐採と更新は30~50年周期で循環するといわれています。
生産性が高い理由
作業員1人当たりの1日の材積量が10㎥を下回ることはないというドイツ林業。高い生産性と作業効率の良さを日本と比較するとき、大経木伐採で材積が大きいこと、高性能の大型機械が作業しやすい環境であることがいわれます。その大径木伐採が長伐期択伐施業によること、大型機械が入りやすいよう徹底的に路網が整備されていることを忘れてはなりません。林道は、長さ20mもの木材を積み総重量40~50tにもなる大型トレーラーが通れることを前提に造られ、一般車両の通行が禁止されています。基幹林道の届かないようなエリアには、作業機械の入れる作業路が60m/haの割合で造られ作業の効率性を高めているのです。
管理体制の充実と計画性
ドイツの1,000万haの森林の半分は公有林で残りの半分は私有林です。州ごとに若干の違いはありますが、それぞれに10年毎の森林経営計画が義務付けられています。所有者は、森林在庫調査による持続可能な森林の把握と、調査に基づく10年の中期経営計画、年ごとの詳細経営計画の作成・実践を求められます。30ha以下の所有者に関しては10年毎の連邦森林調査によって包括されます。この実測データによる計画性が市場の安定に繋がっているのは言うまでもありません。
シュヴァルツヴァルトの森に学ぶ
シュヴァルツヴァルトは南ドイツに位置する総面積5180㎢の森林です。世界中から観光客が訪れるドイツ屈指の観光地でもあり、古くから林業の盛んな地域でもあります。森を構成する主な樹種はドイツトウヒであり、空から見たその樹冠が黒く見えることから黒い(シュヴァルツ)森(ヴァルト)と呼ばれています。この森がかつて原生林だったことはあまり知られていません。
ドイツトウヒは、産業革命やナチス時代の暴力的な伐採跡に植林され成長したものです。成長が早く外観も美しいドイツトウヒの森は、林業と観光を主産業とする土地の人々に多くの恩恵をもたらしたかに見えました。けれども、1999年12月26日、大型台風ローターによって多くの木がなぎ倒されてしまいます。成熟したトウヒの森は地表に光が届かないため、下層植生が乏しくなり土壌の脆い森となっていたのです。
台風の猛威と復旧の軌跡を語り継ぐべく自然公園が設立されますが今なお途上です。災害に学んだドイツの人々は、ブナなど広葉樹の回復に励みます。植生豊かで災害に強い針広混交林、やがて原生林への回帰を目指してのことです。もちろん、もうひとつの主産業である林業との両立の上で。
かえりみる日本の林業
日本は森林面積2500万haとドイツの2倍以上の森林国でありながら木材の年間生産量は半分程度です。さらに木材自給率30~40%の日本に対し、ドイツは100%など数値に表すと差が歴然とします。日本では採算の合わない3K職業として敬遠されがちな林業ですが、ドイツはフォレスターと呼ばれる森林のスペシャリストが子供たちの憧れの職業であり、林業関係職への就労者は130万人と自動車産業を凌ぐ勢いです。日常的に森に親しみ、またその森で誇らしく働く人の姿を目にしてきたことも理由のひとつといえるでしょう。
ドイツとスイスと日本
大型機械が作業しやすい地形であること、植物多様性に乏しく下層植生も少ないため目的樹種の天然更新が容易であるなど、日本との条件の違いは否めません。とはいえ、ドイツの隣りのスイスが日本より急峻な地形であるにも関わらず、スイスクオリティとして付加価値を付けた木材で成功している例もあります。
森を身近なものとして
ドイツの大型トレーラーの通る林道は1970~80年代に行政の大きな補助を得て整備されました。その林道もアスファルトで固めたりせず、一般人が気軽に散策できるよう配慮されています。同じ森で乗馬やマウンテンバイクを楽しむ人も少なくありません。たとえ私有林であっても誰もが普通に散策できるのがドイツです。
木は資源であり生命です。木材となり人の生活を経済的に潤すこともあれば、森となり人の心身の健康はもちろん、地球全体の健康を回復させてくれます。人もまた共に生きていく生命体のひとつであることを忘れないために、森を、木を身近に感じられたら、もっと謙虚に生きていけるのではないでしょうか。
生活の中で自然を楽しめる木工製品
人為による森の荒廃、台風の猛威を歴史として学び、人も森も成長し更新していきます。森羅万象、変化あって自ずから然りの自然を日常的に感じられるの木工製品。木目のひとすじに木の生きてきた時間が刻まれています。HAND in HANDでは木工製品を販売し、収益の部を森林保全活動団体へ寄付しています。